テーテンス事務所の沿革


 テーテンス事務所の創立者であるドイツ人のアウガスト・ペーター・テーテンス(エー・ピー・テーテンス)は褐嚶゙社(現在:大気社)の招聘により1914年3月、ドイツより来日しました。

 褐嚶゙社の技師長として旧東京海上火災保険ビルの温水暖房設備を初め多数の暖房、換気設備の設計監理をする傍ら、同時に個人として来日中の外国人建築家、例えばヴォーリズ氏、ライト氏、レーモンド氏、 ベッオルド氏、スワーガー氏等の依頼で、神戸女学院、宮城女学院、聖心女子学院、東洋英和女学院、東京女子大学、上智大学、立教大学、聖母病院、聖路加国際病院、帝国ホテル、等数々の冷・暖房設備の設計監理を行いました。1931年8月に独立創業した「エー・ピー・テーテンス・コンサルティング・エンジニヤー」は、日本で最初の冷・暖房・換気設備の設計監理事務所として発足しました。その後第二次世界大戦の末期に一時休職する以外は、ヴォーリズ建築事務所、レーモンド設計事務所の殆ど総ての作品に参加し、日本建築学会・建築家協会所属の多数の建築家の作品にも参加 しました。戦後米国進駐軍の顧問技師として、日本国内の駐留軍施設の冷暖房設備のうち、主として地域暖房の設計監理を行いました。

 主なるものとしては、横浜西地区、横浜本牧地区、羽田地区、横田西地区、千歳地区、相模原キャンプ、成増キャンプ、座間キャンプ等の高温水による地域暖房を設計監理しました。その間個人として、エー・ピ一・テーテンス事務所を再開し、ドイツ人のマックス・トウルム氏を副所長(エー・ピー・テーテンスが建材社を退社後の建材社の技師長)として戦後の聖心女子大学、上智大学、国際基督教大学、ドイツ大使館等の建築の設備設計(冷暖房、換気、電気、衛生設備)に参加させていただきました。

 1963年4月、法人組織に改組し、エー・ピー・テーテンスは会長に、1946年に入所した葉山成三が社長に就任しました。葉山成三は平成18年6月をもって勇退され1973年に入社した佐藤敏夫が代表取締役所長となり、葉山成三は名誉顧問となりました。テーテンス創業100周年を迎えた、2014年8月、佐藤敏夫が退任し1988年に入社した櫻井修が代表取締役所長になりました。次の区切りに向けて、初心を忘れず新体制で業務を進めてまいります。

法人組織後は冷暖房換気設備の他にもっぱら建築設備としての電気、衛生、設備の設計監理業務にも注力してまいりました。創業以来の客筋である外国人建築設計事務所の諸先生や、キリスト教関係の学校、病院等からの仕事は勿論のこと、最近では宮内庁を初めとし、各官公庁、日本の神社、仏閣、個人住宅、工場等も数多く手掛けるよう努め、また、在日外国大使館及ぴ海外の日本大使公邸、民間会社の事務所ビル等の受注にも努カしております。

 残念ながら創業者のエー・ピー・テーテンスは、滞日52年目の1966年3月に東京に於て永眠いたしました。また、テーテンスに師事された葉山成三は、2009年9月に病気で療養中したが、ご逝去されました。